社報さくらゐ川 118号

初優勝に喜ぶ育英高校ナイン(河北新報社より)

宮司挨拶

東日本大震災の少し前に、熱日高彦神社と津波の関わりについて幾人かの人が調べに来ました。当神社が日本最古の神社なのだという方も複数見えました。程無くして大震災が襲ったのです。
東北には偽書とされる歴史書がありますが、その中に当神社の記述があり、調べていたら本当に地震が起きてしまった、偽書は事実かもしれない、ということのようです。
大和朝廷が正史とした歴史の下にかき消されていた歴史があったとすればたいへんなロマンです。当神社がもとは蝦夷の聖地であったという伝説も本当だったかもしれません。
蝦夷の一族が治めた日高見国について静かな研究がなされています。正しい、正しくないの議論でなく、多様な歴史観がある事は豊かなことであり、その中心の一つに熱日高彦神社が有るのであれば、大変興味深い事であります。

神宮大麻全国頒布150周年

本年、令和四年は明治5年(1872)に明治天皇の思し召しを拝し神宮大麻が神宮から直接全国に頒布されるようになってから数えて150周年という記念の年にあたります。

(1)そもそも神宮大麻って何?

伊勢の神宮のお札は、正しくは「神宮大麻じんぐうたいま」と申し上げます。「大麻」は訓読みで「おおぬさ」と読み、神社の神主がお祭のはじめに御供え物や参列者などを清め祓う祭具を意味します。また「ぬさ」には神さまへの捧げものという意味もあります。長い歴史の中で徐々にお祓いの意味を持つもの、神さまへの捧げものが「ご祈祷のしるし」として御神札となり、ご家庭にお祀りするようになってきたのです。
伊勢の神宮の御神札が一般家庭でお祀りされるようになったのは八〇〇年ほど前の鎌倉時代頃からで、江戸時代に入るまで「御祓大麻」、或いは親しみを込めて「お伊勢さん」「お祓いさん」と呼んでいました。御祓大麻と呼ばれた時期は六〇〇年間以上もあり、江戸時代には日本国の九割の家々で祀られていたといわれています。
伊勢の神宮の御神札は「頒布大麻」と「授与大麻」の二つに分けられます。
頒布大麻とは、全国の神社で神主や総代の手によって各家に届くお札のことをいい、授与大麻は伊勢の神宮(内宮・下宮)の社頭で拝受できる御神札のことです。

(2)全国頒布一五〇周年とは?

一五〇周年と掲げると神宮大麻ってそんなに歴史が浅いのかと驚く方も少なからず居られるでしょう。実際には前述のとおり伊勢の神宮の御神札は八〇〇年間奉斎されてきており、神宮大麻として全国に配られるようになったのは明治五年のことです。それまで御師と呼ばれる伊勢の神宮の神職らが全国を歩き御払大麻を民間に配っていました。しかしこの御神札は御師が私的にご祈祷をして配っていたものです。江戸時代に流行った「お伊勢参り」「おかげ参り」の流行も御師の活動が火付け役になったと考えられます。
 明治維新以降、天皇を中心とした新しい国作りを目指す新政府は全国の神社も管理下に置きました。伊勢の神宮に対しても様々な指示が出されましたが、その中の一つが御師による御祓大麻の停止だったのです。
このような大改革を受けたうえで、「国民が等しく天照大御神の御神徳をいただくべく、尊い神宮大麻を全国の各家庭に漏れ落ちることなく頒布する」という明治天皇の思し召しが明治五年「神宮大麻御璽奉行式」で大御神に奏上なされました。
これ以降、神宮の御祓大麻は神宮大麻として今日まで一五〇年間絶えず神宮で奉製され神社・神主の手によって頒布され続けています。

(3)神宮大麻・御神札の祀り方

正しい御神札や神棚の祀り方はこれです。と言い切ることはできません。というのも祀り方が地域や各家庭で違っていても差し支えありません。最近では新宅の神棚スペースは小さくなり、用意されていないことも多く感じます。ですが、基本的な指標はございますのでご紹介いたします。

・神棚は家の中の最も清らかで明るい部屋にしましょう
・目線より高く、東か南を向けましょう
・三社宮は中心の扉の内に神宮大麻、向かって右に熱日髙彦神社の御神札、左にその他の御神札をお祀りしましょう
・一社宮を用いる場合は、手前から神宮大麻、熱日髙彦神社、その他という順番に重ねてお祀りしましょう
・御神像(お正月様)を祀りましょう
・毎日お供え(米塩水榊)しましょう

以上の事項を参考に神棚を拝し日毎の感謝を神様にお伝えしましょう。

仙台育英高等学校おめでとう


道の駅かくだ優勝祝いセール

多くの方が胸を熱くしたことでしょう。 第一〇四回全国高等学校野球選手権大会(夏の甲子園)において、宮城代表の仙台育英高等学校が下関国際(山口)を決勝で破り、東北地区にとっても初の優勝を飾りました。
東北勢は過去夏9回、春3回決勝で敗れていただけに、宮城県だけでなく東北全体が「白河の関越え」の悲願達成を願いました。
今回の育英高校スタメンには多くの二年生が起用されていましたが、その中の一人齋藤陽君は当神社の氏子でもあり枝野小学校、旧金津中学校出身であります。
チームの四番を任されチャンスに粘り強く県大会全国大会と大活躍でした。決勝戦でも均衡を破る先制打を放ち勝利を呼び寄せました。
改めて優勝おめでとうございます。
今後益々のご活躍をご祈念いたします

重陽の節句を祝いましょう

今年の重陽の節句は十月四日(旧九月九日)になります。神棚に幣束をお祀りし秋の収穫を祝い菊に長寿を願いましょう。
何故九月九日なのか、それは古代中国の思想によるもので、縁起がよい奇数(陽数)のうち、最大数の九が重なることから「重陽」と呼ばれ、最も縁起のいい日と言われてきました。またこの日に菊酒を酌み交わし長寿と無病息災を祈る風習があり、日本には奈良時代ごろ伝来したといわれています。
平安時代には宮廷行事として、江戸時代には庶民の間でも定着し、秋の収穫祭と組み合わさり祝われるようになります。

七五三まいりご予約受付中

お子さまのすこやかな成長を祝い、ご家族そろってお詣りください。

期間 10月中旬~11月中
祭場 社殿(上宮駐車場有り)
年齢 3歳  5歳  7歳 
おさがり
 お札 お守り ちとせあめ
 お楽しみセット 他
連絡先
 各区総代さん
 神社々務所
TEL 62‐0241
FAX 87‐8820

令和五年厄除祈願ご予約開始

秋の彼岸も過ぎ、来年の話をしても鬼に笑われない季節となりました。
厄祓い、厄年のお祓いを兼ねた同級会など計画する際は、次をご覧ください。

おしらせ

夏季例祭花火奉納者、米酒野菜果物等の奉献者は境内掲示板にてご報告させていただいております。

神社暦

鎮守の杜便り

育英高校の須江航監督の言葉にも表れていましたが、どのような状況下であろうと決して諦めずできる事を貪欲に最後まで全力で挑むことは今の世界共通の使命と感じます。
台風の季節到来です。十分な注意と避難経路や防災マップを確認しておきましょう(禰宜)